多事他事

 現在、私達の国で大きな議論の的となっているのが、少子高齢化問題です。厚生労働省の公表する高齢化社会白書の2006年度版では、日本で65歳以上の高齢者人口は約2560万人、総人口に占める比率は20.04%で、過去最高となっています。また、その内で独り暮らしを営む老人の割合は、男性が9.1%、女性が19.7%と非常に高く、高齢化社会について考える際、これからも増え続けていく老人達を如何に介護していくか、という問題はやはり避けて通る事は出来ません。
 しかし、介護と一口に言っても、実際にそれを行う側にとっては大きな負担である事は間違いなく、その為にストレスを溜め込んだ家族による被介護者への虐待や、あるいは独居老人の孤独死といった不幸な事態が多発しているのが現状です。2000年から設けられた介護保険法が今年の春から改正され、より介護予防を重視した制度へと転換したのは、こうした時勢を受けての事だと思われます。施設や人員の絶対的な不足、費用面での敷居の高さなど、我が国の老人介護問題にはまだ改善されるべき面が多々ありますが、これまではその家族に押し付ける形となっていた老人介護について、プロの手による介護サービスの必要性に理解の眼を向けさせた事だけでも、今回の法改正には大きな意義があったと言えるでしょう。

 ただ、介護を受けるお年寄りにとっては、こうした介護施設や老人ホームには、どうも「姥捨て山」的なイメージが未だ拭えきれていないのもまた事実です。そうした中には、家族から施設への入居を勧められた際、もしや自分が家族に見捨てられるのではないか、といった恐怖感を覚える方も少なくありません。ご家族の方々は、被介護者の気持ちを最大限に慮って、不安や心配を取り除き、なるべくリラックスさせてあげる事が重要となります。

義父「友子さん、わしゃやっぱり、老人ホームに入れられる事になるんかのう…」
嫁「そんな訳ないでしょ、おじいちゃん。今日は前々から来たがってたディズニーランドに行くんだから。ほら、着いたわよ」
義父「…何か、えらい人里離れた山奥にあるんじゃのう」
嫁「そりゃ、夢の国ですからね。自然がいっぱいの所にあるんです。ほら、あれがミッキーマウスですよ」
義父「随分、歳を食っとるのう…」
嫁「そりゃ、生誕75周年をこの前迎えたばかりですからねえ」
義父「何か、明らかに人間の爺さんに見えるんじゃが…」
嫁「流石に、アメリカのネズミは変わってるわねえ!」
義父「…友子さん、あそこにニヤニヤ笑って、よだれ垂らしながら、うろつき回っとる爺さんがおるが…」
嫁「ま、まあ可愛い!クマのプーさんね!大好物のハチミツを探してるんだわ!食いしん坊なんだから!」
義父「それに、向こうを歩いている人は、どう見てもおしめをしとる様じゃぞ…」
嫁「おじいちゃん、あれがピーター・パンよ!やっぱり、ネバーランドに住むと、子供に還っちゃうのねえ!」
所員「どうもいらっしゃい。あ、こちらが入居者の方ですね」
義父「友子さん、何か入居とか言っとるが…わしはここに住むのか?」
嫁「い、いやねえ、おじいちゃん。ホテルよホテル!ディズニーランドの中には、立派なホテルが沢山あるのよ。じゃあ、インストラクターさん、早速ですけど中を案内して下さる?」
所員「はい。えーっと、こちらが大食堂で…」
義父「…食堂?」
嫁「あーはいはい、レストランね。流石にディズニーランドのレストランは大きいわね!」
所員「で、こちらが大浴場で、こっちはリハビリ用のプールです」
義父「大浴場?リハビリ?」
嫁「ま、まあ!これが噂のディズニーシーね!ほんと、シーだけあって水がいっぱい!」
所員「おじいちゃんには、所内ではこちらに乗って戴きます」
義父「これは、明らかに車椅子…」
嫁「良かったわねえ、おじいちゃん!これが有名なビッグ・サンダー・マウンテンよ!」
所員「で、こちらが、お部屋です」
義父「…友子さん、何か介護ベッドみたいなのが置いてあるが…それに、あれは明らかにおまるじゃないのか?」
嫁「わーすっごーい!おじいちゃん、あれはおまるじゃなくて、ドナルド・ダックよ!」
義父「そうなのか…わしの想像してたのと、ずいぶん違うのう…で、友子さん、あれはいつ始まるんじゃ?」
嫁「なな、何?何の事?」
義父「ほら、あれじゃよ。『えれくとりかるぱれえど』とかいう奴じゃ。確か、夜中にやるんじゃろ?」
嫁「そ、そうねえ。やっぱり、ディズニーランドに来たら、あれを見ないとね!添乗員さ、パレードは何時からなの。夜の8時くらい?」
所員「いえ、ここは夜7時消灯です」

 この様に、民間の介護施設に被介護者を預けるだけでも、大変な苦労が待ち受けているのです。これが、自宅で介護をする場合となると、どれ程の困難が待ち受けているか、想像するに余りあります。以下では、最近「介護相談センター」に寄せられた、介護者達の代表的な悩みや質問事項を幾つかピックアップしてみました。皆さんが、我が国の介護問題の現状を知る一助となれば幸いです。

Q.老人が大量発生して困っています
「現在、築20年の一戸建てに家族4人で住んでいます。最近、大量のお爺ちゃんが家の中で発生し、家族一同困惑するばかりです。気が付くと、勝手に冷蔵庫の中を荒らされたり、所構わずお漏らしをされたり、勝手に仏壇を備え付けられたりで、息を吐く暇もありません。市販の「老人ホイホイ」や「老人取り線香」を買ってきて退治しても、直ぐに新たな老人が湧いて出てきます。一体、どうすれば良いのでしょうか」

A.家の中の環境を見直してみては
「老人は、とにかく初孫が大好き。薄暗く、湿気の多い場所に初孫を置きっ放しにしてはいませんか?家中を点検し、もし初孫が見付かったら、1箇所に閉じ込めて鍵を掛けておくか、必要の無いものは処分してしまいましょう。また、初孫に砒素や青酸カリなど、毒物を塗り付けておくのも効果的。老人は、初孫を巣にまで持ち帰る習性がある為、一網打尽にする事が出来ます」

Q.火葬のやり方教えて
「10年間、介護をし続けた父が、先日遂に息を引き取りました。これを機会に、自宅の庭で火葬を行ってみたいのですが、手軽で簡単に出来る方法はないでしょうか?友人は意外と簡単と言ってくれましたが、何しろ火葬については専門的な知識も経験もまるで無いので、妻も私も不安に感じています」

A.リラックスした気分で楽しい火葬を
「火葬と言うと、経験の無い方には少々敷居が高い様に感じられるかも知れません。ただ現在では、自宅で楽しく遺体を焼きたい、というご家族の方が段々と増えている為、便利な火葬セットがスーパーやホームセンターでも沢山売られています。せっかくの記念でもあるし、自前で道具を作ってみたい、というDIY精神旺盛な方には、レンガで四角く竈を組み、上に焼肉用の網を乗せればOKです。炭火を起こすのに最初は苦労するかも知れませんが、そんな時はバベーキュー用の着火剤を利用しましょう。ついでに、牛肉や野菜も焼いてしまえば、晩御飯のおかずも賄えて一石二鳥。ただ、自宅で火葬をする場合は大量の煙が発生するので、終わった後は、隣近所にお詫び方々、遺骨をお裾分けする心配りが大切です」

Q.「介護2.0」って?
「最近、ネットなどで話題の『介護2.0』とは、何なのでしょうか。本屋を覗けば、沢山のガイドブックや解説書が売られていて、幾つか拾い読みをしたのですが、専門的な用語ばかりでチンプンカンプンです。私の様な介護初心者にも理解出来る様に、教えて下さい」

A.介護の世界が、もっと自由になります
「これまでの介護方法、『介護1.0』では、介護者は介護者、被介護者は被介護者と役割がはっきりと別れ、固定化されていました。『介護2.0』では、両者の立場が状況や環境に応じて入れ替えられる為、例えば、お爺ちゃんが貴方の下着を替えてくれたり、あるいはお粥を口に運び合ったり、といったインタラクティブな介護が可能となります。また、介護の方法そのものも、よりフレキシブルにパーソナライズする事が出来るので、自分のお爺ちゃんと山田さんとこのお婆ちゃん、それに田中さんとこのお爺ちゃんをトッピング感覚で加えて、などと様々なタイプの老人を任意に組み合わせて介護したり、逆に1人の老人を隣近所の人を呼んで、皆でシェアリングする事も可能です」

 最後の質問にある通り、これから介護にはやはりコンピューター・ネットワークが必須となります。特に、最近評判となっているのが、一部上場で話題を呼んだ、独居老人専用のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)「kodoxi(コドクシィ)」でしょう。とかく暗い気持ちに陥りがちな独居老人達が、交流を持ち寂しさを紛らわせる。まさに、高齢化社会が待ち望んでいたコミュニケーション・ツールです。最後に、私の祖父が「kodoxi」で公開している日記の抜粋を、幾つか公開させて頂きます。

○月×日
『長年連れ添つた妻がこの世を去つてから、どれだけの月日が流れただらふか。あれは確か、子供達も無事に独立し、各々の家庭を持つやふになり、騒がしかつたこの家もやつと静かになるわね、と笑ゐ合つていた矢先の事である。
 子供達が去り、そして妻までもが旅立つてしまつたこの家は、余の如き老人が一人で住むには余りにも広く、侘しゐ。幾ら耳を澄ませやうとも、寝室から、子供部屋から、台所から、昔のやふに騒々しゐ笑い声が聞こゑてくる事は、最早無ゐ。家主と共に歳を取つてきた家屋が時折立てる軋みの音と、庭先を所在無げにうろつき回る雀達の鳴き声が、微かに鼓膜を振るわせるだけだ。余は、妻を失つて初めて、真の孤独を知つたやふな気がする。そして、それは枯枝の如く痩せ衰ゑた肉体と精神には、ずつしりと堪える代物だつた。
 妻が死んだ時の記憶は、今でもはつきりと余の脳裏に染み付ゐてゐる。久し振りに夫婦揃つてボオリング場に出掛けたあの日、妻は、まるで子供のやふに燥ゐだ。
「今度は、絶対にストラヰクを取るわ」
 今でも、妻の最期の姿が、瞼を閉じる度に在り在りと甦つて来る。足を滑らせ、ピンに向かつて頭から滑つてゐつた妻。頭から血を噴出しながら、レヱンの上でのた打ち回つてゐた妻。
 しかし、余はその惨状から眼を逸らしたまゝ黙々とゲヱムを続けた。丁度其の時、タアキヰを狙ってゐたところだつたからだ。結局、惜しくもタアキヰはならず、悔しかつたのでもう一ゲヱム延長した』

○月△日
『最近、歳の所為か物忘れが酷くなつた。これを読んでゐる若ゐ方々には些か信じられなゐ事かも知れぬが、朝飯に何を食べたのか、昼になつてみると、最早すつかり忘れてゐるのである。
 焼き魚だつたか玉子焼きだつたか、幾ら考えても思ゐ出せなゐ。頭を捻りつつ昼食を食べ、また時間が過ぎて夕方頃になれば、今度は昼食の献立を失念してゐる有様だ。夕食もまた然り、己の脳髄の衰弱振りが、改めて腹立たしさを覚ゑる。
 しかし、幾ら記憶力が衰えようとも、私を残して旅立つていつた妻のあの笑顔、あの優しい声、あの凛とした所作、それらを忘れる事は決して無ゐだらう。未練がましゐと笑うなら笑ゑ。妻の…そう、私が生涯で只一人愛した女の記憶さゑあれば、私は生きてゐける。夕飯に何を食べたかなど、どうでも良ゐ事ではなゐか。
 今日、散歩の途中で突然ぶつ倒れて病院に運ばれた。医師の診断では、殆ど餓死寸前の状態だつたらしゐ。どうやら、飯に何を食べたかではなく、飯を食べる事自体を忘れてゐた様だ』

○月□日
『近所に住む大学生が、毎晩々々喧しくて仕方がなゐので頭を悩ませてゐる。何でも、学生の本分である学業も放り出して、ロツクとかゐふものに夢中になってゐるそうだ。夜毎、ヱレキギタアを掻き鳴らす音が耳を劈き、眠る事すらままならなゐ。
 それにしても、最近の若者達の余りに怠惰な暮らしぶりを見るに付け、ほとほと情けなくなつてくる。戦中戦後と、私達が懸命に流した血と汗と涙には、一体何の意味があつたのだらふ。彼らを只甘やかし思い上がらせる為の、虚しき豊かさを生み出しただけではなゐか。
 日々の騒音に余りに腹が据ゑ兼ねたので、私も対抗策を取る事にした。学生がギターを爪弾き出す時間帯に合わせ、尺八を吹ゐてみたのだ。しかし、向こうは電気仕掛け、こちらは老いぼれの肺から搾り出された二酸化炭素が原動力である。音の大きさではとても勝負にならなゐ。そこで、私もコンセントからコオドを引つ張り、尺八の先端に繋いでみた。これで、五分と五分の戦いが出来る筈だ。
 尺八を口に咥ゑた瞬間、全身に電流が流れて失神した』